東京家庭裁判所 昭和48年(家)13097号 審判 1974年3月28日
住所 神奈川県川崎市
申立人 植田義明(仮名)
国籍 中華人民共和国
住所 東京都板橋区
荘長居(仮名) 他一名
主文
未成年者荘長居、同荘秀興の後見人として申立人を選任する。
理由
本件申立の要旨は「未成年者らの父国籍中華人民共和国荘天竜と母植田英子は一九七一年九月八日中華人民共和国吉林省○○○市中級人民法院の判決により離婚し、二女たる未成年者荘長居、長男たる未成年者荘秀興の撫養者を母植田英子と定められたところ、母植田英子は未成年者らを連れて同年一〇月七日日本に入国し、昭和四八年一〇月一二日日本において死亡したので未成年らのため後見人選任を求める。」というのである。
よつて審按するに、植田英子の除籍謄本、未成年者両名の外国人登録済証明書、中華人民共和国吉林省○○○市中級人民法院(七一)長法民字第一号一九七一年九月八日判決書、当庁家庭裁判所調査官星山卓朗の調査報告書、未成年者両名および申立人審問の結果を総合すると、申立の要旨のとおりの事実のほか、次の事実が認められる。
植田英子は本籍茨城県行方郡○○○町大字○○三二七番地亡植田克久、同人妻亡トミ子の五女として昭和三年一二月五日出生したものであるが、昭和一九年春ころ満州電気就職のため単身中国大陸牡丹江へ渡り終戦を迎え、昭和二一年(一九四六年)遼陽で中華民国籍荘天竜(当時二一歳)と婚姻した。夫婦の間に長女枝生、次女長居、長男秀興が生れたが、昭和四五年(一九七〇年)ころ英子は心臓弁膜症手術を受けるため帰国を決意し、その前提として英子が原告、荘天竜が被告となり、当時の夫婦の住所地○○○市南区○○二号を管轄する吉林省○○○市中級人民法院に離婚を訴求、一九七一年九月八日中華人民共和国婚姻法第一七条に基き申立の要旨のとおり離婚認容の判決がなされ、長女枝生(当時一八歳)については父である荘天竜、次女長居(当時一六歳)、長男秀興(当時一四歳)については、いずれも母である英子が、それぞれ撫養者と定められた。英子は右次女と長男を伴い同年(昭和四六年)一〇月七日日本に帰国、未成年者らの肩書住所の都営住宅に落ち着き、生活保護を受けて生活、その後次女は板橋区立第○中学校二学年に、長男は同中学校一学年にそれぞれ編入学を認められ、現に同校に在学中である。英子は昭和四七年秋入院し、昭和四八年四月手術を受けたが、癌のため昭和四八年一〇月一二日死亡した。
申立人は英子の実兄(植田克久、トミ子の三男)であり、現在○○製薬株式会社○○工場庶務課に勤務し、未成年者らの実質上の保護者であるところ、未成年者らが二人世帯で引き続き生活保護を受給するため福祉事務所の示唆を受けて本件申立に及んだものである。
未成年者らと父荘天竜との間には現在も文通があり、不定期に若干の送金がなされている。
以上の事実が認められるところ、未成年者らの父および未成年者らは、いずれも中華人民共和国の国籍を有するものであるから、親子間の法律関係は法例二〇条により、後見は法例二三条により、いずれも父および被後見人の本国法たる中華人民共和国法に依ることになるが、中華人民共和国においては親子関係は一九五〇年五月一日公布施行の婚姻法の中に規定されているけれども、「親権」または「後見」に該当する規定は同法中に見出せず、ただ同法第四章「父母子女間の関係」、第六章「離婚後の子女の扶養および教育」の中に子の監護扶養に関する一連の条項が存するのみである。同国における成年の年齢は満一八年と解されている(札幌地方裁判所昭和四一年(タ)第二五号離婚等請求事件判決に引用されている鑑定人欧竜雲の鑑定書―家庭裁判月報二二巻二号二一一頁―参照)が、未成年者の財産管理に関する保護方法については同国の全般的な資料の入手が困難であるため、これを確認することができない。しかしながら前記一連の法条の趣旨に照らすときは、日本の親権または後見が子の保護のため、子および社会に対する義務である(我妻・親族法三一六頁参照)のと同じく、中華人民共和国においても、未成年の子に対する監護扶養とともに親または第三者による財産管理の制度があるものと推認できる。
然りとすれば、未成年者らの母であり撫養者たる植田英子が死亡した現在、父である荘天竜が撫養者たる地位を回復し、または子の財産を管理する権利義務を有するとしても、未成年者らはいずれも日本に住所を有し、父は中華人民共和国に居住しているのであるから、中華人民共和国と日本との現在の諸関係に徴するときは、父がこの権利義務を行使することの著しく困難であることは明らかであつて、結局その本国法によれば後見開始の原因があり、しかも後見の事務を行う者がないときにあたるというべきである。
そうすると後見については法例二三条二項により日本の法律によるべきことになるが、既に一九歳に達した未成年者荘長居についても、前記のとおり満一八歳をもつて成人とする中華人民共和国の法制が、必ずしもこの年齢をもつて私法上の行為能力を付与する趣旨であるかどうかは明らかでないし(現に婚姻法第四条では男の婚姻年齢を二〇歳としている)、日本法によれば未成年者である同人の保護のため後見人選任を禁じているわけではないと解されるから、未成年者両名のため日本の法律に従い後見人を選任することが相当である。
しかして前段認定の事実関係のもとにおいては申立人を後見人に選任することが、未成年者らの利益に適合するものと認められるから、本件申立を認容して主文のとおり審判する。
(家事審判官 田中恒朗)